前回は八支則のヤマの3つ目、アスティヤについて説明しました。

→【八支則のヤマ】アスティヤ(Asteya)盗まないと富が集まる

 

今回はブラフマチャリヤ(Brahmacharya)について、更に細かく説明しようと思います。

4. ブラフマチャリヤ(Brahmacharya – 禁欲、梵行)

梵行(ぼんぎょう)と言うと意味がわからないと思いますが、この場合は、禁欲という意味で良いと思います。

ブラフマチャリヤは、むやみやたらに性欲を発散しないことはもちろんのこと、エネルギーの無駄遣いをしてはならないと書かれています。

 

ヨガ・ストーラでは「ブラフマチャリヤに徹すれば精力を得る」と書かれていますが、本質は、エネルギーを集中させ、自分のすべき事に使えるということですね。

 

 

しかし「じゃあ、ただ単に我慢すれば良いのか?」というと、それは誤解だったりします。

よく、このブラフマチャリヤのことを「禁欲=性的行為の禁止」だと思っている人は結構いるかと思いますが、ブラフマチャリヤの本質は、「散漫しているエネルギーを集中させること」にあります。

 

ですので例えば、物質として禁欲を続けていても、頭の中で性的なことを考えているとしたら、ブラフマチャリヤを守れていないことになります。

なぜなら、我慢しているということは、その時点でエネルギーが散漫している状態だからです。

僕自身が考えるに、このブラフマチャリヤを守る上で大事なことは、アスティヤの時と同様に執着を減らしていき、我慢しない状態なるのが望ましいと考えています。

 

人間である以上、全ての欲を消し去ることは難しいことです。

ですので、ブラフマチャリヤを守るときは、節度を考えてエネルギーを集中させることが大切なのです。

 

僕自身の解釈では、何かの欲が出てきた場合、2つの振り分けが大事だと考えています。

  1. 欲を無欲に転じる状態を作る
  2. 節度を考えて上手に向き合う

 

まず、欲が無欲に転じるかどうか、試してみると良いですね。

欲自体がなくなれば、それは禁欲にする必要が無いからです。

 

また、禁欲まで行かなくとも、節度を保ちながらその欲と接することです。

自然と無欲な状態を生み出しながら、何かしたいことに集中できる状態を作りが大切というわけです。

 

 

また、ブラフマチャリヤは、必ずしも性的なこととは限りません。

 

例えば、食事のダイエットをしようと考えて食事制限をしていても、頭の中では食べ物のことでいっぱいだったら、ブラフマチャリヤは守れていないことになります。

要するに「こういった欲求からどうやって距離を置けば良いのだろう?」と考えることが、ブラフマチャリヤを考える上での第一歩です。

 

特に現代社会では、多くの“欲”が溢れていますから、その中から自分に必要なものを見極めて、エネルギーを集中させることが大事という訳ですね。