前回は八支則のヤマの2つ目、サティヤについて説明しました。
今回はアスティヤ(Ahimsa)について、更に細かく説明しようと思います。
3. アスティヤ(Asteya – 不盗)
アスティヤは、その字の通り「盗まない」です。
これは当然ながら、人からモノを盗まないのもそうですが、
- 必要以上の物を取らない
- 時間、信頼、権限を奪わない
という意味も含まれます。
これは、商売をしている場合は、相手に物を販売する、自分の知識や経験を与えることによって、対価を得るのはOKです。
ですが、それをせずに(要するに、相手にこちらの価値を提供せずに)、お金だけ得ることはNGとされています。
もちろん、こちらが良いと思っているモノや知識であっても、相手が「お金を支払ってでも欲しい!」と思えないのに、無理やり買わせるのも、NGです。
また、約束の時間に遅れたりすることも「相手の時間を奪ってしまった」と考えられるので、これもアスティヤに反する行為になります。
時間通りに来ようと言うことですね。これはサティヤ(誠実さ)とも被る部分ですので、もし万が一遅れる場合は、相手に連絡を入れて理由とその旨を伝える必要があるでしょう。
さらに、相手の話を聞かずに自分の話したいことだけを話すのも、相手の時間を奪ったことになります。
また、この状況で相手が不快に思うことを喋っていたとすれば、アヒンサ(非暴力)に反する場合もありますね。
八支則のヤマは、このように色んな条件が重なる部分が多くあります。
さて、このアスティヤの本質は「執着しないこと」にあります。
富や権力、時間や裕福な生活環境など、周りの影響から普通に生きていれば「羨ましがる」ようになるのが普通です。
しかし、一旦今までの価値観を振り返ってみて、それ自体は僕たち自身が幸福になるために、必要なものなのでしょうか?
もちろん、多少のお金や、多少の生活環境は必要だと思いますが、それ以上を望むとすれば、それは偏ったバランスになります。
バランスが大事なのです。
ここで起きやすい勘違いは、この言葉のニュアンスは単に「お金を稼ぐな」と言う意味ではないということです。
例えば、何かの目的を成し遂げたいために、お金や人脈が必要なのは正しい方向性ですし、アスティヤにも反していません。
ですが、お金や権力がほしいから頑張るのは、アスティヤに反しているということです。
ヨガ・ストーラにも『アスティヤに徹した者のところには、あらゆる富が集まる』と書かれています。
これはもちろんお金の意味合いでもそうですし、人脈という意味も含まれていると、僕自身は思っています。